ある法律事務所のこんな場面を想像してみてほしい。
大きな机の奥に弁護士が座っている。机の反対側の椅子に依頼者が座る。弁護士の求めに応じて依頼者が相談ごとを話す。弁護士はおもむろに口を開き、依頼者に向かって専門的な助言と判断を告げる。これが弁護士―依頼者関係性の伝統的なモデルである(以下、「デスク型モデル」という)。ここにはパワーのあるプロフェッショナルに守られた受け身の依頼者像がある。今から50年あるいは40年前のモデルだ。
それから変化が起きた。
法律事務所の中、会議テーブルに弁護士と依頼者が共に座る。2人はブレーンストーミングをし、証拠書類を共に点検し、そして話し合う。依頼者の目的を実現するための最善の戦略について議論する。ここには弁護士と依頼者が共に関与している姿がある。弁護士―依頼者関係の新しいモデルであり、参加型のモデルと呼ぶことができよう(以下「テーブル型モデル」という)。この新しいモデルが併存する時代がきたのである。依頼者にとっていずれがよいのだろうか。議論となり調査も行われたが優劣の結論は出なかった。
デスク型モデルを好む依頼者は、問題をプロに背負わせることで不安から逃れ、プロが仕事をしている間は考えないようにし、最後は弁護士の指示に従う。そして、名の売れた弁護士に信頼を寄せる傾向がある。一方、テーブル型モデルを好む依頼者は、問題解決に積極的に参加することで、心配の気持ちを抑える。そして、オープンで親しみやすい問題解決型弁護士に信頼を寄せることになる。
新旧モデル併存の時代は動く。
テーブル型モデルの方が、デスク型モデルよりも依頼者により満足のいく結果を残すようだ。そういう言説が広く流布し、形勢は逆転した。現在は、一部の例外を除いて、テーブル型モデルの時代となった。テーブル型モデルの良さを改めて検証してみよう。その利点は6つあるといわれる。
(1) 弁護士も人間だ。ミスを犯す。そのミスを依頼者が事前にチェックする。そして、ミスによる悪影響を防ぐ。
(2) 依頼者の真のニーズは、弁護士よりも依頼者本人の方がより深く認識している。どの解決方法がよいかの判断においては、依頼者の意向が反映されやすい。
(3) 依頼者は弁護士との協働に積極的に参加し、その決定に自らも責任をもつ。依頼者は人として成長する。
(4) 依頼者は何が起きているのか分からない不安な状況から脱することができる。
(5) 弁護士との協働は、依頼者を自己責任の重荷から解放し、弁護士に対する疑念も払拭してくれる。
(6) 弁護士―依頼者関係がより良く、そして強固なものとなる。
弁護士にとって、テーブル型モデルが基準となりデスク型モデルが例外とになった。とは言え、弁護士業務の現実はもっと複雑だ。
あなたが弁護士だとして、依頼者がどちらのモデルを好むかを見分けることができるだろうか。むずかしい。依頼者にむかって、「どちらがお好みですか」と訊くという方法もあるが、これはよくない。回答できる依頼者はめったにいない。だから弁護士は、たいていテーブル型モデルから始める。依頼者にとってデスク型モデルの方が好ましいと判断できた後に、モデルをスイッチする。
以下、アメリカの弁護士業界における一般的な考え方を紹介したい(一部差別的な表現を使用するが容赦いただきたい)。
教養のある依頼者(a well educated client)は専門家と共に働くことに心地よさを感じてテーブル型モデルを好み、そうでない依頼者(a less educated client)はデスク型モデルを好むという。だが、ものごとは単純ではない。貧困対策専門の弁護士は口をそろえて言う。「教養のない依頼者(clients who had little formal education)にとってテーブル型モデルは素晴しく効果がある」。一方で、教養のある依頼者(very well-educated clients)の一部はデスク型モデルを好むという調査結果もある。教養がありそして多忙な依頼者は、テーブル型モデルに参加する時間が取れないという事情もある。テーブル型モデルに参加はするが、意思決定の段階ではデスク型モデルへとスイッチする依頼者もいるのだ。依頼者は弁護士に法的助言を求めているのだろうか(解決は自分がする)、それとも弁護士に専門家としての行動を求めているのだろうか。それは弁護士が見分けることになる。
(小 山 齊)